社会構造は私たちに位置を与え、選択を迫る。上を目指すこと、とどまること、あるいは別の道へ進むこと。その選択の重さと、選択した先に何があるのかを見つめることが、道又蒼彩の制作の核にある。
「カフカの階段」は、社会運動家・作家の生田武志氏が提唱した概念である。階段を一段一段下りていくこと(失業し、住所を失い、路上生活に至ること)は容易だが、そこから元の生活に戻ろうとする階段は、壁のように高くそびえ立つ。道又はこの概念を参照しながら、絵本のような穏やかな画面の中に、階段を上ること、下りること、そしてとどまることの困難を描いてきた。
しかし問いは「上れない階段」だけにとどまらない。上れという社会的圧力から離れ、どこかに属することで得られる安堵がある。その安堵は確かに必要なものだが、同時にそこにとどまり続けることへの不安と表裏一体でもある。分岐点に立つこと、選択すること、そして選択した先での帰属と停滞。アーティストの関心はこうした問いへと展開してきた。
制作において、道又は版を重ねながら掘り進めていく。版木は刷りを重ねるごとに変化し、エディション番号は与えられているものの、完成後に同じイメージを刷ることはできない。一度進んだら戻れない。この不可逆性は、階段を下りること、選択すること、という主題と無関係ではない。
作品に描かれる人物たちは、劇的な物語を語らない。穏やかな視覚言語の中で、彼らはただそこにいる。その静けさが、見る人それぞれの物語を紡ぐ余白となることを、道又は意図している。