半澤友美は、紙と繊維を素材に、人間の存在がいかにして形づくられ、維持され、変容するかを探求している。紙を表面としてではなく、繊維の絡まり合いによって生成される構造として扱う。繊維が集まり、離れ、再び結びつくように、人間の関係もまた不均一な層や緊張、隙間を残しながら一つの生のなかに堆積していく。作品はこうした過程を表象するのではなく、その痕跡を素材のうちに保持する。
紙作りそのものが制作の核にある。繊維は水や圧力、動きに応じてそれ自体の傾向に従って振る舞う。結果を完全に予測し統御することはできない。半澤の制作は、素材を支配するのでも偶然に委ねるのでもなく、形が生まれる過程のただなかに留まり、応答し続ける行為である。古代ギリシャ文法における中動態(主体が行為の外部にある能動でも、力を受ける受動でもなく、展開する過程そのものに巻き込まれている態)が、この制作の構えを最もよく言い表している。
記憶は、イメージや物語として描かれるのではなく、素材や制作のプロセスに埋め込まれている。繊維には接触の痕跡が残り、層には時間や環境の刻印が蓄積される。日常の断片や他者につながる残余は、不在の表象としてではなく、作品の形成に関与する能動的な要素として取り込まれる。失われたものは戻らないが、残されたものの構造のなかで作用し続ける。作品は喪失を意味や慰めに解消するのではなく、欠落が影響を持ち続ける場を維持する。
多孔質で、積層的で、変化に対して脆い紙のように人間の存在もまた蓄積と溶解、過ぎ去ったものの静かな持続を通じて展開する。半澤の作品は、主体と素材、在と不在、意図と予測不可能性を、その緊張を解消することなく共に保持している。